art space kaneshiro

骨董のある生活

以前といってもはるか昔、十代の頃、弘法さんの骨董市で店主のやり取りを眺めていて、隣の客が鉄の菓子器を指さし「いくら」と問いかけた。店主はその菓子器を取り上げ空に上げ訝しそうに見て、不躾な口調で「5,000円」と言った。客はその価格で興味をなくし、そこから消え去るに立ち去り、店主は売れなかった菓子器を自分の傍に置き、少しバツの悪そうな不愛想な表情で空を眺めた。傍にいた私は、少し胸の高鳴りを感じながら「5,000円ですか?」と尋ね、店主は珍妙な動物を見るに私を見て、口の中でモゾモゾと言いながら、そのまま頭をたたいた。買ってくれるのであれば誰でも良いという態度の様で、私がお金を見せると、交換に楓の菓子器を古い箱に入れて手渡してくれた。初めて骨董を求めた瞬間で、当時の5,000円は一カ月の小遣い、何にも使い道がない菓子器を買い神社の自宅へ戻る途中、高揚した気分で車窓の景色を眺めていた。あの頃からすでに55年余り、なぜ菓子器を買う衝動に辿り着いたのか、時折思い返すが、自分を納得させる理由は見つからない。

その当時、文学界で骨董の収集が隠れた人気であった。骨董商の間で、ある作家が見極めた品物が何倍にもなって売れるという評判が立ち、その目利きに作家詣でが始まった。作家はその頃スランプに陥り、数年間何も書くことができず、その間骨董を売って生計を立てていたという。彼の周りに多くの骨董好きの作家や好事家が集まり、日本一のぐい呑みだの渋みの壺だの囃し立て、それが文壇の景色になり、ひそやかに溶け込んでいた。その当時、骨董商に骨董と文学を繋ぐ仕掛け人がいたのかもしれない。作家と繋がることで政財界に話題が繋がり、時折作家は気づかないまま時代に乗せられ、旗振り役をしていたようにも見える。彼は時代のスターだった。

17〜18歳の文学好きの少年に、傾倒した作家の言葉は砂糖を溶かすような浸透力があった。気が付けば遠くの幼児の時代から骨董に毒されていたような、それが至上の価値のような、生命の底から湧き出る美の形に見えていた。骨董を買い始めた頃、お金のなかった私は、ある日ふとした楓の葉を模した鉄製の菓子器を手に入れ、来る日も来る日も眺めていた。時として「価値があるのではないか」と、途方もない妄想に浸っていた。妄想自体が仕事のような、文学少年の日常が当時の私だった。
そこから数カ月して、三宮高架下にある骨董店のショーケースで蛙の水差しを見つけ、6,000円という値札を見て、火がついたようにその値段で買った。視野の狭さが自分の見つけた造形を特別に思い、遠くの文学の会話に交わす幾ばくかの費用だと思った。楓の菓子器と、うっすらと緑の漂った水差しの蛙と、二つは勉強机の引き出しに仕舞われ、時々取り出して喜んでいた。そこから滲む文学の世界を垣間見て、自分がいた。

作家にもならず、大きな交通事故に遭遇して肉体労働にも関わらず、仕方なく飛び込んだビジネスの世界で、幾つかの幸運に恵まれ、見たこともないお金を手にした。その頃テレビのニュースで、晦日のチャリティがあり、遥か遠くに辿り着けない画家の絵画を落札した。初めて購買した楓の菓子器や蛙の水差しから20年余り経っていたが、求め方の稚拙さは変わらない。振り返ると虚しさを感じる衝動だったが、私の感性はその程度だった。やがてデパートの美術部と繋がり、美術商との関係も広がった。少しは美に興味があり、作品を語るようになり、以前とは拘泥しない口調になり、その責任を負うように作品を購入するようになった。心の中で「違う」という囁きも聞こえたが、元気の良い、仕事に埋没している間は無頓着だった。そのうちに収集したものが数百点になり、購入の動機は明瞭でなくとも、周囲に置いて愛着が湧き、長く見続けたいものも出てきた。さすがに骨董歴50年になり、初期の見方ではなく、嗜好も明確になり、名前だけの作品には手を出さないようになった。代わりに、若かった頃の原初的な興味や愛着に戻って「美術品」とは言えない生活周辺の道具や玩具に心を惹かれるようになった。そんな経路を経てコレクションしたものなので、総じて他人から見え方が異なるかもしれない。本来は人に見せるものでないので、そうで良いと思っているが、どの場合でも他者に「見せる」という行為であるなら、何かの工夫が必要だと思っている。見る人が「なるほど」と思える展示に近づけたいと考えている。

ここに列挙したものはある時期神戸の骨董屋街に入り込んだ際、そこで手に入れた雑多な玩具同然のものもある。何がどう良いのか説明するほどではなく、平均すると三十数年間身の回りに置いてあるもので、私にとって気持ちを穏やかにする宝物でも、他の人が見ればガラクタに見えるかもしれない。それをあえて陳列させていただくのは、すべてが自分史の思い出であるからだ。見る人が驚いた気分になってくれるかもしれず、そのような方は少し距離を取っていただければと思っている。しばらく長い付き合いになるであろうので、さりげなく空気の流れる展示になることを願っている。