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ズームイン源平合戦図屏風

場面解説 左隻

平家の館に火をつける

平家の館に火をつけるイメージ

源氏の兵が、平家の館に火を放つ。
平家は安徳天皇を擁しており、館の中に描かれる3つの黒い箱は三種の神器をおさめるものだろうか。

言葉戦い

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館に火をつけられ、海に逃げた平家。源氏の軍勢は少なかったにも関わらず、応戦せずに館を焼かれてしまったことを悔んだ平宗盛は、平教経に一戦交えることを命じた。教経は小船に乗って寄せ、平家の武者がそれに続く。平盛嗣が進み出て「今日の源氏の大将軍はどのような人だ」と言った。伊勢義盛が「清和天皇の10代目の子孫、源義経様であるぞ」と答え、盛嗣は「それは平治の乱で父が討たれ、奥州まで落ち延びた者のことだろう」とあざ笑った。 義盛は「そちらは先の戦いで命拾いをして、京へ逃げ上ったというがどうだ」と言い返し、盛嗣は、「お前は以前、山賊のような真似をしていたと聞く」と言う。見かねた金子家忠がなだめていたところ、弟の親範が盛嗣に向かって矢を放った。矢は盛嗣の鎧の胸板を貫き、あわや死ぬところであった。

嗣信最期

嗣信最期イメージ

弓の名手である平教経は、船首に立って源義経を射落とそうとしたが、源氏の兵たちが義経の前に立ち塞がり、思うように攻撃できない。教経は容赦なく射って、兵たちが次々に倒れる。義経が丸見えになったところ、佐藤嗣信が身を挺してさえぎり、射落とされてしまう。教経に仕える菊王丸という18歳の童が船から飛び降り、嗣信の首を取ろうとしたが、嗣信の弟の忠信に射抜かれる。教経は敵に首を取らせまいと急いで船から降り、菊王丸を抱え戻ったが、菊王丸は死んでしまった。
義経は射られた嗣信を陣の後ろに運び、涙を流しながら「思い残すことは」と尋ねると、「思い残すことがないはずありません。義経様の栄達を見ることなく先立つことが心残りです」と、これを最期の言葉に息を引き取った。義経は深く悲しみ、僧に経を書いて弔ってほしいと頼んだ。家臣たちはこの様子を見て、「義経様のために命を捨てることは惜しくない」と涙を流した。

扇の的

扇の的イメージ

日が暮れ、勝負を決することはできないと判断した源氏は退こうとしていた。そこに沖の方から小船が一艘近づいてくる。美しい女房が出てきて、紅地に金の日輪を描いた扇を船の側面に立て、 陸に向かって手招きをした。義経は後藤実基に弓の腕の確かな者はいないか尋ね、実基が推薦した那須与一を呼び寄せた。与一は馬の腹が浸るほどに渚を進んだが、扇との間には7、8段ほどの距離(80mもしくは20m)があるように見えた。風が吹き船が揺れているため、扇の的が定まらない。与一が心の中で祈ると、扇は射るのに良い状態になった。与一は鏑矢を取り、ひょうと放つ。扇の要(扇の根元で骨を固定している部分)から一寸ほど上のところをふつと射切れば、扇は3つに裂けて海へ散っていった。沖では平家が船べりを叩いて誉めそやし、陸では源氏の兵がえびらを叩いてどよめいた。
与一の腕前に感極まったのか、船の中から50歳ほどの男が出てきて、舞い始めた。伊勢義盛は、与一に男を射るよう命じる。与一はその首を射抜き、男は舞うように倒れた。源氏は再び歓声をあげ、平家は静まり返った。

人物紹介

錣引き

錣引きイメージ

与一の二の矢を不本意に思った平家は、船から渚に上がり源氏を挑発した。これに応じて、美尾屋十郎をはじめとする源氏方の五騎が駆けていった。真っ先に進んだ十郎の馬が射られ、馬から下りて素早く太刀を抜いたところに、平家の武者(藤原景清)が長刀を振りかざして襲いかかる。十郎は小太刀では長刀に敵わないと判断し、地面を這って逃げたが、景清は追いかけてきた。景清は右手を伸ばして十郎の兜の錣を掴んだ。しばらく引っぱりあいが続いたが、ついに錣の糸が切れ、兜から引きちぎられた。十郎は味方の元へ逃げ隠れ、景清は引きちぎった錣を高く掲げて名乗りをあげた。平家はこれを見て「景清を討たせるな」と渚に上がり、楯を隙間なく並べ源氏を招いた。源氏の軍勢が駆け出し、双方乱れ合い戦う。しかし平家は皆、徒歩で戦う武者だったため、馬に散らされて退いた。

弓流し

弓流しイメージ

平家が退き、勝ちに乗じた源氏は、馬の足が着く限界まで海に入って攻め立てた。平家は船の中から熊手を振りかざし、義経の兜に引っ掛けて馬から落とそうとするので、源氏の兵たちは熊手を打ち払いながら戦う。義経は弓を落としてしまい、鞭で弓を掻き寄せ取り戻そうとした。源氏の兵たちは「そのままお捨てください」と申したが、義経はついに弓を取り戻した。
兵たちは皆口々に「たとえこの弓が千金万金の高価な弓であろうとも、命と引き換えにすべきでしょうか」と言えば、義経は「弓が惜しかったわけではない。もし私の弓が叔父の為朝のような強弓であれば、 わざと取らせてもよかった。しかし、弱い弓を平家が手にして、『これが義経の弓だ』とあざ笑われるのが悔しかったので、命に代えてでも取ったのだ」と答えた。この言葉に皆は深く感銘を受けたのであった。

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